第五話 いそぎんちゃく

17.没


 老漁師は視線を『幼子の玉』に向け、次に体を濡らす赤い液体に向ける。 流れるように動いたそれは、

次第に粘り気をまし彼の体の上で盛り上がりつつあった。

 ”お前さんは『あれ』守るのが役目か”

 老漁師は、赤い粘体に話しかけた。 赤い粘体は、盛り上がって何かの形を取り戻そうとしている。

 ”さては、わしらは『あれ』のエサ……にして、ほんどとつまみ食いされてしもうたな?”

 話しながら、彼は下唇を強く噛んだ。 鮮やかな痛みが意識を引き戻し、僅かながら、手足に力が戻る。 

よしと頷き、赤い粘体に注意を戻すと、それは女体を形作りつつあった、それも彼の顔に尻を向けた形だ。

 ”む?……観音様でご挨拶とは、最近の若い者は無礼な……お前さん若いのか?”

 老漁師の上『赤い女』の尻が顔に迫り、手前で止まった。 戸惑ったようにも見える。

 ”はっはっぁ『いそぎんちゃく』よぉ。 わしには、もう色仕掛けは通じんよ。 お前さんの仲間に、玉ぁ抜かれちまったでな”

 威張ることではないが、彼は、自分を惑わしてきた『いそぎんちゃく』に対して切り札を得たような気になっていた。 

 ”さてどうする?” 

 呼びかけに答えたかのように、『赤いそぎんちゃく』の尻がプルンと揺れ、形が変わっていく。 数秒の後、老漁師は

『赤いそぎんちゃく』と顔を見合わせることとなった。

 怪訝な表情の老漁師に、『赤いそぎんちゃく』は背筋が凍りそうな淫靡な笑みを贈る。 そして、老漁師に自分の腰を

絡みつかせた。

 ”いっ……なっ?”

 老漁師が男根を失ってからずっと、そこに激痛が走っていた。 老漁師が半ば正気でいられたのもその為だった。 

そこに、『赤いそぎんちゃく』の秘所が吸い付いてきたのだ。 

 ”なっ、なんじゃ?”

 雪に湯を注ぐように、激痛が薄れていく。 いや、それどころか……

 ニュル……ニュル……ニュル……

 ”ぬぁ!?”

 男根が肉襞とこすれあう感触が伝わってくる、次第に鮮明になってくるそれは、これまで感じたことの無い快感だった。

 ”な、なにさぁして……”

 男根を舌が舐め上げ、肉襞がこすりあげ、縮こまる陰嚢を口が吸っている。 あり得ない攻めの感触が、恐ろしい

快感となって老漁師を襲った。 混乱する意識が、記憶の底から一つの言葉を浮かび上がらせる。

 ”げ、幻肢痛……”

 昔、仲間の漁師が義足が痛むといい出し、医者にかかったことがあった。 医者は体のなくした部分に感覚を感じる

『幻肢痛』という症状だとぬかして、金をふんだくっていったものだ。

 ”なくしたアレでも……感じるのかぁ……そんな、馬鹿なぁ”

 ズクン。 一際大きな快感に老漁師の腰が跳ね、『赤いそぎんちゃく』を大きく揺らした。 その時彼は『赤いそぎんちゃく』の

アソコが自分の股間に粘りつき、離れないのを見た。

 ”ひ、ひっついてやがる……おぁぁ”

 お返しとばかりに、『赤いそぎんちゃく』が腰を深く擦り付けてきた。

 ゾクリ、ゾクリ、ゾクリ…… 体の芯に食い込んでくる様な、異様な快感が脳天を突き上げる。

 ”あがぁぁぁ……”

 息が詰まりそうな快感の一撃が彼を襲い、その体が硬直した。 僅な時の後、彼は床に崩れ落ちる。  


 ヌッフゥー

 悩ましげな息を吐きつつ、『赤いそぎんちゃく』が彼の全身を弄る。 赤い乳房が彼の胸の上で柔らかくつぶれ、粘りつく。 

蛇のような腕が、彼の背と床の間に滑り込み、背中を摩る。 そして、淫靡な笑みを絶やさぬ顔が彼の眼前に迫り、唇を奪う。

 ”この……う……ぅぅ”

 『ククク……堪らないでしょう……私の体は』

 ”な、なにをするだぁ……” 

 『このまま包み込んで……胎内で蕩けさせてあげる』

 ”ぐ、喰われて……たま……” 

 老漁師の腰は、『赤いそぎんちゃく』の腰に半ば包み込まれ、その間でウネウと触手が蠢いている。 おぞましい

その器官が老漁師の腰や足に巻きつき、溶け合い、老漁師の下半身と一つになりつつあった。

 ”たま……たま……”

 ヒクリ、ヒクリ。 『赤いそぎんちゃく』が腰をひねる度に、老漁師の体は『赤いそぎんちゃく』の体に沈み込む。 

その赤いおぞましい胎内で、年老いた男の肉体に赤い魔性の女が侵食していく。

 ”たま……たまんねぇ……”

 老漁師の声に愉悦の色が混じり、『赤いそぎんちゃく』を突き放そうとしていた腕が、いつの間にか『赤いそぎんちゃく』の

背に廻されていた。 その腕に不気味な赤い縞が入っていく、『赤いそぎんちゃく』が侵食しているのだろう。

 ”うへ……うへ……うへぇ……”

 『私の胎内はいいでしょう?……ほおら……奥においで……』

 赤い乳房が老漁師の頭を挟み込み、むっちりとした感触で顔を覆う。 二つの乳房は、別の生き物の様に蠕動しながら、

老漁師の頭を谷間の奥にくわえ込み、咀嚼するように蠢く。

 ”ぶぉ……ぶは……ぼぁ……”

 乳房と顔が溶け合いはじめ、老漁師は『赤いそぎんちゃく』から離れることができなくなった。 其れに気がついている

のかどうか、彼は夢中で舌を使い、『赤いそぎんちゃく』の谷間を舐める。

 『あはぁ……そうよ……オイデ……オイデ……私にナカニ……蕩けなさい……蕩ケヨ……蕩ケルガイイ……』

 『赤いそぎんちゃく』の体の奥から老漁師を誘う声がする。 声に誘われるまま、老漁師の頭が、腕が、赤い女体に沈んでいく。 

 ”いい……心地いい……蕩けそう……”

 程なく辺りから老漁師の姿が消える。 『赤いそぎんちゃく』は力尽きたように床に転がり、仰向けになった。

 『ウッフゥー……』

 腹が白い、老漁師の背中がそこに露出しているのだ。

 『ヌフ……サァ……ナカニ』

 呟きながら、『赤いそぎんちゃく』はお腹−−老漁師の背を撫で、その都度老漁師の背中が、ヒクリ、ヒクリと振るえ、

やがてその背中も『赤いそぎんちゃく』の中に消えていった。

 ”はぁ……ふはぁ……”

 老漁師の喘ぎが『赤いそぎんちゃく』の腹の中から聞こえていたが、それも静かに消えていった。

 オイデ……

 男が誰もいなくなった『巨大いそぎんちゃく』奥の奥、ネットリトした『いそぎんちゃく』の声だけが最後まで残った。


 「うわぁ!!」

 サーフボードで漂流していたジャパンは大きな波を受けてひっくり返った。 あわてててサーフボードに掴まる。

 「な、なんだぁ!?」

 相変わらず海は荒れているが、視界が急に悪くなった。 と、霞む視界の向こうに人影が見えた。

 「じぃさんか!?」

 一瞬、晴れた視界の向こうに見えたのは……『巨大いそぎんちゃく』の上半身だった。

 「げっ!し、沈んでる!」

 『巨大いそぎんちゃく』は海に沈みかけていた。 既に乳首の辺りまで海中に没していた『巨大いそぎんちゃく』は、

ジャパンの目の前で、静かに海の中に消えていった。

 「き、消えちまった」

 唖然とするジャパン。 そして彼を揺らす嵐は徐々に静まりつつあった。

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